from Ukraine to Tokyo.🇺🇦の商品パッケージが披露された

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目次

From Ukraine!

現行品・ウクライナのパッケージデザイン展

 

「SACHIALEのダーチャ日和」というタイトルで、2023年の夏から秋にかけてウクライナのパッケージ展が都内の小さなギャラリーで開催されました。

 

 

それまでの経緯 2022年から

私のXアカウント @Sayaka399

以前より旧Twitter(当時)→以降Xと記載にて相互フォローだった東京都内にあるギャラリーと『雑貨店A』を運営するオーナーから連絡をいただいたことが始まりでした。

戦争が始まった当初、ウクライナへの関心の高さから、私のXアカウントのフォロワー数は増え、それと同時に心配してくださるたくさんの方々からメッセージを受け取っていました。その雑貨店ではソ連関連や東欧・スラブ圏の文化を扱う展示物や物販などを行なっていることもあり、オーナー自身ウクライナの状況に心を痛めていたよう。

ウクライナに留まる私に個人的な支援をしてくださり、開戦当初の混乱の中とてもありがたい気持ちでいっぱいだったことをよく憶えています。

『#外気温』

私がX上でほぼ毎日ルーティーンで行なっている #外気温 はキッチンの外窓に貼り付けられた安価な温度計の画像を定点のように撮影し、その時の天気や心情をポストするもの。3日坊主気質な私が、温度計チェックを習慣化させることでSNS投稿を長続きさせるためのルーティンとして始めたものでした。

温度計をただ撮影するといった行為も、長く続けることで、ウクライナの片田舎での気温の変化や季節の移り変わりに共感してくださるフォロワーさんがおりました。『雑貨店A』のオーナーもその一人。

継続することで、誰かがひっそりとスームィのことを意識してくれたことは、自分の存在意義を高める重要なことでした。海外にいると日本人が恋しい気持ちもあります。

 

私のウクライナ歴史(ざっくり)

ウクライナ生活はトータルでそこそこ長いにも関わらず、ずっと引きこもり生活で自分自分で構築した『友達』と呼べる相手は誰もいなかった。(今考えると、それでよく生きてこられたと思う)

2011年キエフ生活→2014年スームィ完全移住→2015年ドンバス紛争で帰国→2019年コロナ前にスームィへ戻る→2022年スームィで戦争に巻き込まれる

元々ソ連圏の謎カルチャーに興味があり、縁あってウクライナ人の夫と出会い、念願だった旧ソ連圏のウクライナへ来ることができた。ウクライナの牧歌的な雰囲気が、北海道育ちの私としてはとても魅力的でもあった。実際にこちらで生活を始めた当初は、人々のビジュアルの良さや好みの建築物や街並みなどにワクワクしていたが、ウクライナ人の他者に対するいい意味での距離感、人種差別が皆無。治安の良さ。時間が経てば経つほど、食べ物のおいしさや気候の良さが気に入り、この国が心底気に入っていた。

戦争による先行きが見えない不安な状況は、コロナによって生じた閉塞感とは比べ物にならない。国のために戦うウクライナ人や国外に避難しなかった一般人の生活水準を、非戦闘エリアでは通常と同じレベルで営めるよう、国が最大限努力してほしいと常に思っている。

人々の心境や元々の貧困層はどのような生活を送っているのか、そこへのアクセス方法が見つけられず、戦争開始から1年は悶々とした気分が、心の一部にいつも引っかかっていた。

2023年の春、スームィを訪問した日本人支援者の一人との繋がりによって、スームィ市内でボランティア活動・NPO法人をしている人々との出会いに恵まれた。まだ規模は小さいが、スームィ市内で活動する財団にボランティアとして関わることができた。

 

資金集めに苦労している最中ではあるが、正しいアプローチで進んでいくしかない。

 

 

 

戦争の最中でも、ウクライナに留まる人々の「普段の生活」は存在している

2024年の春は暖かかった。3月末のダーチャ、まだ花は咲いていない。

ダーチャという名の『癒し』

*展示会のタイトルになった「ダーチャ」に関する補足部分です*

2021年秋に購入したダーチャは2022年春からスタート。土いじりをしたことはなく腰痛持ち。

真のウクライナを体感するためのステップとして購入したダーチャ体験は、奇しくも戦時中からのスタートとなってしまいました。そうやって秋まで過ごした訳ですが、分からない事だらけな中でも植え付けたトマトは実をつけ、地植えにしたきゅうりやズッキーニもたくさん摘み取ったし、小さいながらもジャガイモも収穫できました。前オーナーが残していったラズベリーやチェリーが採り放題だったのはとてもラッキーでした。

何より、ダーチャが集まるエリアの一部に自分の私有地があり、そこへ自由に行くことができること。吹く風や木々のゆらめきの中にある鳥の声、敷地の下方に見えるキラキラした湖面。

素晴らしい。の一言。

夫の反対を押し切って購入したのは大正解。自然の中に身を委ねる感覚を持てたことは、不安を取り除くセラピーとして、1年目の戦時下で大いに私を癒してくれました。ご近所さんも例年通りダーチャにやってきて作物を栽培しています。それは2024年の今年も同じです。

 

 

東京都内にて

『雑貨店A』のオーナーから連絡を受け、展示会のタイトルにもなった、ダーチャでの収穫の様子を収めた画像の他に、オーナー所有の展示会場で、日々私がX上で公開しているウクライナでの「日常の食生活」を物語る『食品や日用品のパッケージ』を公開するのはどうか?という企画をいただきました。外気温の他に、日々食べているウクライナのおしゃれなパッケージデザインに元々とても興味を持っていたらしく、私のXの投稿内容が『雑貨店A』のオーナーの感性と付合したようでした。

 

マヨネーズのパッケージ。 レトロ調で売り場でも目立つ。とても好みのデザイン。

 

それから数ヶ月、私は購入しているほぼ全てのパッケージを保管することになった。

 

ウクライナの一般的な食料品のパッケージ。ビニール素材のものを中心にペーパー類も集めた。パンやチーズやお菓子の包み紙、プラカップに入った乳製品など。それらを捨てずに洗浄して東京へ送り出すために。

ロシアとの国境隣のウクライナ・スームィでの日常の今をパッケージデザインの中から発見し、伝え、来場者と共有することで、報道やニュースだけでは見えないリアルな「戦時下での日常」を感じてもらう。というのが企画展の意図でした。

戦争で大破してしまった世界最大重量の飛行機「ムリーヤ」のチョコウエハース。早い再建をウクライナ人は皆で願っている。

 

 

戦時下のウクライナで生産されているパッケージが『東京で展示される』。

『SACHIALEのダーチャ日和』

戦時下という過酷な国内においても、ダーチャに通い自然を愛でる精神を、ウクライナの人々の日常生活に投影させた展示会のタイトル『SACHIALEのダーチャ日和』。『雑貨店A』のオーナーが名付けてくださいました。

友人たちにも手伝ってもらい近所の買い物で集めた実物パッケージが展示され、一部にはダーチャでの様子の画像がキャプション付きで公開されました。

 

食品の種類などで分類され、綺麗に配置されたパッケージたち。

 

展示会場の一部。

その機会さえなければ即ゴミ箱行きだったはずが、こうやって東京で日本人の目に触れることができるのはとても興味深く、戦時中のウクライナの日常を新しい切り口で考察できる、とても斬新な展示内容だったと改めて思います。

 

それぞれの商品に書かれたキャッチコピーや内容などをウクライナ語から日本語へと変換し、来場者の方々に解説してくださったオーナーとスタッフの方々に改めて心より御礼申し上げます。

 

原稿のバスチケットなど。

 

展示会『SACHIALEのダーチャ日和』での収益

東京都内で開かれた展示会は入場料制となっており、来店してくださった方々にはウクライナで購入した雑貨や試食可能なウクライナ製のお茶菓子が振舞われました。

そこで販売したグッズを含めた収益は合算され、私が所属する慈善団体『Peace! Do it!』

Бладійний фонд (Мир! Зроби це!)の代表、

Євген Котоляр(Yevhen Kotliar)

宛に送金されています。@мір зроби це

慈善団体『Peace! Do it!』代表のYevhen Kotliar 愛称はジェーニャ。

 

 

ウクライナ・スームィを拠点とする「慈善団体NPO法人『Peace! Do it!』」のプロジェクト

慈善団体NPO法人『Peace! Do it!』の代表であるYevhen Kotliar(愛称ジェーニャ)は戦争による空襲警報や実際の爆撃、大人たちの不安な気持ちを受け取ってしまう、一番傷つきやすい子供達や障害を持つ人々を主な対象とした『アートセラピー』という名の「クレイアニメーション制作」のクラブを始動しています。

昨年より活動していますが、空襲警報の発生の頻発や資金不足によって、まだまだ課題が多くあります。

持ち運びできるフレームを持って、スームィ州内を巡回してワークショップを開くのが目標。この楽しさを子供達に伝えたい。

 

専用のフレームを制作し、子どもたちが考えたシナリオに従って粘土のキャラクターを制作、撮影をする、とても楽しく有意義なプロジェクト。

 

展示会で集まった支援金は子供達のために使用されます。

 

 

この展示会がきっかけとなって先に進んだもの。

『雑貨店A』のオーナーのご提案で、ウクライナの小学生による、日本人へ向けたメッセージカードを制作してもらうのはどうかという打診があり、慈善団体NPO法人『Peace! Do it!』と繋がりのあるウクライナ・スームィ市にある第20番小学校の生徒にお願いすることとなりました。

書いてもらったメッセージカードは手が込んでいるものが多く、生徒たちも日本人に向けて日本語翻訳したものを手書きで書いてくれたり、日本のイメージが盛り込まれているものもあったり、参加してくれた生徒たちは楽しんで制作してくれたようでした。

 

ちょうど私が帰国するタイミングだったので、東京の展示会場で直接お渡しすることができ、『雑貨店A』の関係者とお会いできたことも嬉しい出来事でした。

ウクライナの現状を様々な角度からお伝えし、この戦争の現状に心を痛めている人々のお気持ちをダイレクトに感じることができた貴重な経験となりました。

 

 

『日本とウクライナ・スームィの交流』

前出した、ウクライナ・スームィ市にある第20番小学校の生徒による「新年のメッセージカード」合計41枚は、無事東京都内の展示会場にて公開され、希望する方々の元へ届けられました。

東京23区内にある学童保育の関係者の方が、このプロジェクトに賛同してくださり、メッセージカードを作成してくれたウクライナの生徒たちに返信するという形で、日本の子供達からウクライナへ向けたメッセージカード63枚が制作されることに。善意の輪は広がり続けます。

アニメの主人公が描かれたり、日本語とウクライナ語で書かれたメッセージと共に綺麗にデコレーションされていたり。そのメッセージカードをスームィ市の第20番小学校へ届けることができたのです。

 

日本から送られたメッセージカード。日本のキャラクターや日本語とウクライナ語が混ざった素敵なカードでした。

この場面に立ち会えなかったのですが、日本への返信として撮影した集合写真を担当の先生が送ってくださいました。

 

個人情報保護の観点から日本からの交流活動の詳細をネット上にアップできない現状がありますが、子供達の交流によって何らかの将来的な個々人の記憶として影響があることを祈っています。

 

 

人の興味と好意と善意は、小さいことがきっかけでも大きく作用する

私のキエフの友人は、小学校でたまたま前列だった女の子が持っていた日本製の色鉛筆が、日本に対して関心を持つ第一歩だったと語ってくれました。NPO代表のジェーニャは、貯金を崩して憧れだったSONYのデジカメを購入した経緯を私に熱く語ってくれたし、夫の友人は購入したSUZUKIの車を私に自慢しました。別の支援活動の際には、アニメの主題歌を日本語で歌ってくれた女の子がいました。日本人に会えて嬉しいと。

日本に対する感情の吐露は色々な場面で何度も遭遇しており、ウクライナの地方都市スームィでは日本人がとても珍しく、私が日本人だと名乗るとほぼ全員が好意的な反応を示してくれます。

愚かな戦争という行為は「人間によって」引き起こされているけれど、こういった極限状態の中でも日常は存在しているし、当事国の内部には傷つき、ストレスにさらされている子供達が存在していることも事実です。

その一助になるよう、ウクライナ人から憧れを持たれている日本人としてできることを考え、私の友達のように、日本に対して特別な感情を持つきっかけづくりができればいいと思っています。

 

小学校の壁面に描かれた絵

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

私たちは今後もできる限りスームィで活動を続けていきます!